総会が無事に終了しました。

フードバンクぎふの総会は滞りなく終了いたしました。

法人化5周年記念企画、内河惠一(うちかわ よしかず)弁護士のお話について、少し割愛して紹介させていただきます。内河弁護士は86歳(2026年現在)を超えても現役で、人権擁護と社会正義のために活動を続けていらっしゃいます。総会でのお話は、まさにご自身の原点である苦学と「人との出会い」を軸に語られていました。

  • 1938年、浜松市生まれ。太平洋戦争末期の空襲で家を焼かれ、戦後は極貧の家庭に育ちました。
  • 両親が病弱だったため、極貧の中、暮らしていました。(後に生活保護受給)
  • 中学校では優秀な成績を収めましたが、経済的理由で全日制高校に進学できず、定時制高校に通いながら働き、家計を支えていました。
  • 中央大学法学部夜間部に合格後、入学金の大金が必要でしたが、家に資金はなく、中学校校長先生がお金を貸与してくださるなど、友人・親戚・職場の仲間など数十人からカンパを集め、借金も抱えながら上京しました。苦学を支えてくれた書店の店主の存在も大きく、無償で参考書を読ませてくれ、多くのカンパもしてくださったそうです。多くの善意に支えられて上京・進学が叶いました。
  • 大学在学中も働きながら学び、盲腸炎で苦しんだ際も治療費がなく、手術を断念して注射のみで耐えるなど、極めて厳しい苦学生活を送っていました。
  • これらの経験から「生活保護のおかげで今の自分がある」「弱者に寄り添う弁護士になりたい」と強く思い、1967年(29歳)に司法試験に合格。1970年に名古屋で弁護士登録をされました。

内河先生の人柄と勤勉さ、そして多くの善意に支えられ、出会いによって人生の転機が訪れて、貧困に屈せず、人生を切り開いて、めぐり逢いによって、人生が変わっていったお話に、大変感銘を受けました。定時制高校や大学の夜間部に通いながら苦学して法曹の道を切り拓き、祖父も偶然にも法律家であった事実を後にわかり、運命的なものを感じずにはいられませんでした。誰かに支えられたから、誰かを支えたいという互酬性の規範が先生の考えの源であると感じました。

なお、中日新聞連載(書籍化)『ひまわりと羊 反骨の弁護士が見た戦後』(2025年刊)では、自身の半生と事件が詳しく描かれています。タイトルには「迷える羊(弱者)」に寄り添うという、強い思いが込められています。なお、弁護士バッチは、ひまわりと秤のモチーフになっています。

(文責松原)